仮さくら
簡単でメモとペンさえあれば何処でも書き止めることができます。日本の有名なところでは
「松尾芭蕉 古池や 蛙(かわず)飛び込む 水の音
「小林一茶 雀の子そこのけそこのけお馬が通る」
「正岡子規 柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺 」

ああ・・どこかで聞き覚えがあるという方もいらっしゃると思いますが、俳句は、5・7・5という決まりの文字数に合わせ作っていく手法です。

百人一首は100人の歌人の和歌(短歌)を、一人一首ずつ選んでつくった秀歌撰から出来上がっていて和歌・短歌は、5・7・5・7・7という文字数で決められています。中には「字足らず」「字余り」という意図的に数に合わせず作り、「足りない文字」「字余り」によって生み出されるその句・短歌の背景にあるものを読み手に想像させ完成させるという手法も存在します。

分け入って(も)分け入って(も)青い山 (種田山頭火)字余り・字足らず これは、成功した有名句の1例ですが読み手に歩いても歩いても道が見えない山の中なのだな・・と想像させる句なのです。もっともおおきな要因・やはり作者たちの内部的な誘因があるのではないでしょうか。

近年、俵万智が1987年に出版した歌集「サラダ記念日」は今までの短歌を覆すセンセーショナルなものでカタカナを多く使い口語(現代言葉)短歌の走りだとされています。日常で感じたことをそのまま短歌にしていることが評価されました。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」・・・サラダ記念日から引用
句またがり(行末以外の場所で、句、節、文など統語上の単位を区切ること)ながら好きな人に褒められよほど嬉しかったのでしょうね。その情景が見えてくる1首です。

TCMの俳句大会(3月31日まで募集中)がユーザーイベントとして開催されていますが、どの句も春らしい素晴らしい情景が見えてきますね。文法もありますが、難しいと考えず思ったイメージをそのまま素直に文字にすることで心情があなたの才能を開花させていくのだと思います。

長々書きましたがわたしの短歌の師「故春日井建の短歌から」今もわたしを支え続けている短歌があります。これを最後に書きます。
今に今を重ねるほかの生を知らずいまわがまえに潮(うしお)しろがね











1部を除き午後2時46分に全国一斉にサイレンが鳴り先に天国へ召された方々へ哀悼の意をこめ1分間の黙祷が捧げられます。
どうか1分間だけ亡くなられた方々を心にとめてください。

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